YouTube 出典:DGM Live - King Crimson
本日の曲:King Crimson - 21st Century Schizoid Man
1stアルバム『クリムゾン・キングの宮殿』に収録されているバンドの代表作のひとつ。イントロのサックスとギターの印象的なリフ、重層的なビート、即興演奏を交えながらドラマティックに展開する楽曲など、クリムゾンらしさが満載の作品です。映像は2015年のツアーより。
ジャケットも音も衝撃的なプログレ入門盤『クリムゾン・キングの宮殿』
北中さん:今回はプログレッシブ・ロックの話をしましょう。
店番 :ん? なんだか、唐突なはじまりですね。
北中さん:そうですか?プログレの奥の院とも言うべきキング・クリムゾンの来日公演も近いので、語るにはいいタイミングだと思いますよ。
店番 :キング・クリムゾンといえば、リーダーのロバート・フリップの顔を思い浮かべるだけで、難しそうな音楽という先入観にとらわれる人もいると思うんですが?
北中さん:たしかに、彼はにこやかな顔の写真より、何か難しそうなことを考えているような顔の写真が多いですね。
店番 :プログレを聞くなら、まずはこれだと先輩にすすめられて買ったのは1969年発表の『クリムゾン・キングの宮殿』でした。そのアルバムは、ジャケットからしてムンクの叫びの絵以上に「普通じゃないぞ」と主張しているようでした。重厚なサウンドや変拍子のリズムと象徴詩みたいな歌詞にびっくりしました。
ジャケットもインパクトがある『クリムゾン・キングの宮殿』 Photo: JFHayeur
北中さん:前例のない音楽でしたからプログレッシブ(進んでいる)・ロックの代名詞みたいなグループとみなされたわけです。その段階では「プログレッシブ」はまだ形容詞だったんですが、ほどなくプログレッシブ・ロックというジャンル名として使われはじめました。
ジャンル名化したのは、ぼくの記憶では、欧米より日本のほうが早かった気がします。ちなみに短縮形は日本ではプログレですが、海外ではプログと略します。
クリムゾンを主宰するギタリスト、ロバート・フリップ Photo: Kevin Dooley
現代音楽やジャズをロックに持ち込んだクリムゾン
店番 :そうだったんですね。その時点では、何が「進んで」いたのでしょうか?
北中さん:クラシック、現代音楽、ジャズ、民族音楽などの要素を取り入れたロックが60年代後半に主にイギリスから次々に出てきます。先駆的な曲としては66年の ビートルズの「トゥモロウ・ネヴァー・ノウズ」 があげられるでしょう。
その曲の現代音楽的な録音テープ逆回転サウンドや、音や声の極端なエフェクトは、いま聞いても斬新です。で、世界でいちばん人気のあるビートルズがそんなことをやっているんだったら、われわれも続いて大丈夫だろうということになったわけです。
店番 :サイケデリックなロックがいっぱい出てきた頃ですね?
北中さん:60年代後半のイギリスはサイケなブルースを演奏するロックがブームでした。でもキング・クリムゾンは、流行のサイケなサウンドの実験を行なったわけではないんです。むしろその枠からはみだして、現代音楽やジャズの要素をロックに持ちこみました。
『宮殿』期のヴォーカリスト兼ベーシスト、グレッグ・レイク。クリムゾン脱退後に結成したエマーソン・レイク・アンド・パーマーでの活動も有名。 Photo: Jean-Luc Ourlin
レコーディングは単なる録音からスタジオで音を作る作業に
店番 :それがロックの範囲を拡大することになったわけですか?
北中さん:そうですね。その時期、ロックのレコーディングは、生演奏を記録することからスタジオで音を作る作業へと質的に変化していきました。電気楽器の場合は、スタジオの設備や機材も音作りに重要な役割を果たします。『クリムゾン・キングの宮殿』では、キーボード奏者のイアン・マクドナルドが、長時間スタジオにこもって メロトロン や管楽器を多重録音して壮大な音を作りました。
メロトロン:1960年代に開発された、アナログ再生式のサンプル音声再生楽器で”世界初のサンプラー”。ストリングス、ブラス、フルートの音色が良く使われた Photo: doryfour
店番 :ということはレコーディング・エンジニアの役割も重要ということですね?
北中さん:そのとおりです。
たとえば67年のクリームのサイケ時代の名作『カラフル・クリーム』のエンジニアは、レイ・チャールズ、ジョン・コルトレーン、オーティス・レディング、アレサ・フランクリンなどを手がけたトム・ダウドでしたが、そのレコーディングの時はまだ、ギタリストのエリック・クラプトンは、エンジニアの重要性に気がついていなかったとトムの伝記映画で証言しています。
急激に環境が変わりつつあったわけです。
「普通の」ポップスでなくても記憶に残る音楽、プログレ
店番 :『クリムゾン・キングの宮殿』はビートルズの『アビー・ロード』をチャートの1位から引きずり落したという伝説がありますね?
北中さん:たぶんイギリスの音楽雑誌のどれかのチャートの話だと思います。オフィシャル・チャート・ブックでは最高5位ですから。いずれにせよ、難解なだけの音楽だったら、そんなに売れなかったでしょう。 彼らのデビュー・ライブ は1969年7月に25万人を集めて行なわれたローリング・ストーンズのハイド・パークのフリー・コンサートで、最初から注目のグループだったことは確かです。
店番 :ジャケットのインパクトだけでなく、「21世紀のスキッツォイド・マン」「エピタフ(墓碑銘)」「クリムゾン・キングの宮殿」など印象に残る曲がたくさんありますね。
北中さん:だから売れたわけで、「普通の」ポップスでなくても、記憶に残りやすい音楽が作れるというのは大きな発見だったと思います。70年代のはじめの日本では、イエス、ピンク・フロイドとキング・クリムゾンはプログレ御三家と呼ばれて人気がありました。
イエスから72年にクリムゾンに移籍したドラマー、ビル・ブルーフォード 。97年まで在籍した。 Photo: Steven Rieder
72~74年のヴォーカリスト兼ベーシスト、ジョン・ウェットン。80年代にイエスのスティーブ・ハウ、ELPのカール・パーマーらと結成したエイジアでも活躍した。 Photo: jomelia
トリプル・ドラムの8人編成でやってくる今回の来日公演は…
店番 :キング・クリムゾンはイアン・マクドナルドが抜けた後、メンバー・チェンジするたびに、音楽が大きく変化していきましたね?
北中さん:別のグループかと思うくらい変化しました。ファンの間で論争も起りました。それもまた彼らの伝説の一部なんです。
店番 :今回の来日ツアーはどんなライブになりそうですか?
北中さん:2015年のツアーではトリプル・ドラムを含む7人編成で過去の名曲を演奏しましたが、今回は一人増えて8人。ドラムが一人加わって、前回ドラムだったビル・リーフリンがキーボードを弾きます。それでどれだけ演奏が変わるのか、予想しにくいですが、踊れる音楽でないのはまちがいないと思います(笑)。
なにしろ体力勝負の音楽と思われていたロックに、ミステリアスで知的な側面を加えたグループですから。
7人編成による前回のツアーの様子。終演後に撮影OKな時間帯が設けられたのだとか。上段の右端がロバート・フリップ(G) Photo:Masahiro TAKAGI

ゴールデン横丁の仲間たち | 北中 正和 (きたなか まさかず)
https://goldenyokocho.jp/articles/6691946年、奈良県生まれ。J-POPからワールド・ミュージックまで幅広く扱う音楽評論家。『世界は音楽でできている』『毎日ワールド・ミュージック』『ギターは日本の歌をどう変えたか―ギターのポピュラー音楽史』『細野晴臣インタ ビュー―THE ENDLESS TALKING』など著書多数。