なぜマイケル・ジャクソンはキング・オブ・ポップになれたのか?

なぜマイケル・ジャクソンはキング・オブ・ポップになれたのか?

2009年6月25日の急逝から9年経ちますが、抜群の人気は揺るぎません。マイケルが誰もが知っているスターになった理由はどこにあるのでしょうか?


本日の曲:マイケル・ジャクソン -「ビリー・ジーン」「ビート・イット」「スリラー」

今や、マイケル=大スターは当然の常識になってますが、彼の人気が爆発した1980年代初頭当時は黒人アーティストが世界規模で支持されるのはまれなことでした。また、成功を収めた後も、奇人としてネガティブに報道され続けた時期がありました。

登場人物

北中さん
音楽大学でポピュラー音楽史の講義も担当する音楽ジャーナリスト。このコーナーでは懐かしのヒット曲に関する店番の疑問をわかりやすく解説します。

店番
ゴル横の音楽コーナー担当。洋楽に関する疑問を北中さんに質問していきます。このコーナーについては予告編をご覧ください。

もう9回目の命日。亡くなってから9年も経ったの!?

店番  :マイケル・ジャクソンが亡くなって6月25日で9年になります。今年は生誕60周年なので、これまで以上に話題になりそうですね。

北中さん:没後さまざまな形のイベントが行なわれてきましたが、今年は8月29日の誕生日にマイケル・ジャクソン・バースデイ・セレブレーション “We Are One”が行なわれる予定です。

これは、「マイケルが願っていたより良い世界」をテーマに、世界中のファンが写真や動画をインスタグラムで投稿してシェアしようというものです。その他にも、特集番組が放送されたり、京都にマイケルのオフィシャル・アパレル・ブランド・ショップが誕生したり、話題が絶えません。

店番  :亡くなると忘れられていく有名人がほとんどなのに、マイケルはそうではありません。彼の人気はなぜこんなに根強いのでしょう?

北中さん:資質と才能があったからなのはもちろんですが、「ムーン・ウォーク」のダンスのように、普通名詞化するほど有名なパフォーマンスがあったことが大きいですね。テレビのお笑いタレントがアメリカ風に「マイコー!」と連呼していたくらい、並の有名人とは格ちがいの知名度がありました。
1983年のアルバム『スリラー』は世界で1億枚以上売れたと言われています。ちなみに日本でいちばん売れたのは宇多田ヒカルのデビュー作の累計約1千万枚です。その人気の余韻が続いている面もあるでしょう。

長らく奇人扱いされてましたが…

店番  :ただ、80年代~90年代のすごすぎる音楽活動にくらべると、その後は奇行のほうが目立った気がするのですが?

北中さん:はじまりは整形手術にまつわるうわさあたりからでしょうか。
広大な邸宅を購入して作った遊園地ネバーランド。エルヴィス・プレスリーの娘との短い結婚生活。多数の養子との生活。私生児疑惑。児童虐待疑惑などなど。好奇心をあおる報道が続きました。
児童虐待疑惑のときは裁判で疑惑が否定されたのに、偏向報道が止まりませんでした。それでいてマイケルが亡くなると、彼を変人奇人扱いしていた人たちが、いっせいに掌を返したようにほめたたえはじめました。

店番  :マスコミやファンの無責任な好奇心によって奇人扱いされていたということでしょうか?

北中さん:悲しいかな、そういう面がなきにしもあらずでした。優等生的な有名人が有罪だったら、センセーショナルなニュースにしやすいですからね。しかし最後のツアーに向けたドキュメンタリー映画『This is it』が公開されて、マイケルはやっぱりすごいと見直されたわけです。

マイケルがキング・オブ・ポップになった理由

店番  :ところでマイケルはキング・オブ・ポップと呼ばれていましたね。

北中さん:ポップという概念や現象はメディア社会が作り上げるものですが、その意味で彼はまさにキング・オブ・ポップでした。直接的には1980年代末に女優のエリザベス・テイラーが彼のことをそう呼んだのがきっかけだそうです。
音楽的に言うと、ジャクソン5のメンバーとしてデビューしたころ、彼らの音楽はソウルあるいはR&Bと呼ばれていました。しかし『スリラー』のプロデューサー、クインシー・ジョーンズはジャズ畑の出身です。「ビート・イット」にはロックのエディ・ヴァン・ヘイレンの爆音ギターがフィーチャーされていました。
彼は天才的なダンサーでしたが、ジャッキー・ウィルソンやジェイムス・ブラウンといったR&Bの先輩だけでなく、ミュージカルの往年のスター、フレッド・アステアの影響も受けていました。

店番  :ジャンルをまたいだような存在だった、ということでしょうか?

北中さん:そういうことですね。
ロック専門の衛星音楽チャンネルMTVが最初に解禁したR&Bの曲は「ビリー・ジーン」のビデオでした。MTVは最初この曲はロックじゃないと拒否していたのですが、その方針をレコード会社が人種差別だと抗議、それなら他のビデオを引き上げると脅して、しぶしぶ放送したら、大反響を呼んだのです。
『スリラー』のタイトル曲の短編映画も作られ、空前絶後のヒットを記録しました。「ゼイ・ドント・ケア・アバウト・アス」ではスパイク・リー監督を起用してブラジルまで撮影に出かけました。死後に発表された未発表曲集では、YMO時代の坂本龍一の曲「ビハインド・ザ・マスク」もレコーディングしています。さまざまな壁を壊して前人未踏の活動を続けたからこそのキング・オブ・ポップなわけです。

マイケルが大スターになったのはその性格ゆえ?

店番  :マイケルの作品は常に自作の曲というわけではないですし、彼と同じくらい優れたソングライターは他にもいると思います。楽器も弾きませんし、歌声も声量や力強さより繊細さが目立っているように感じます。

北中さん:個別の才能でマイケルよりすごい人はいるかもしれません。しかしエンタテイナーとしての総合力で彼にかなう人はいないのではないでしょうか。それから、見過ごされがちですが、彼は愛や平和や平等、孤独や連帯、環境や未来に関心を持って、いつもその気持ちを歌にしていました。

ヒップホップの時代以降、ポップス界はワルぶったり、こわもてだったりするスターだらけですが、マイケルはそうした傾向を意識しつつ、不機嫌をポジティヴな楽しさに変換することができた。

店番  :マイケルはピュアな気持ちを持っていたのに、私達はゴシップでそれが見えなかったということでしょうか?

北中さん:そういうところがあったと思いますね。少年時代から芸能界という特殊な環境で育ったことで、成熟した大人になれなかった半面、常識にとらわれない気持ちを持ち続けることもできたのでしょう。

世間の騒ぎやヒットの重圧にさらされて、ビートルズ時代のジョン・レノンは「ヘルプ!」と叫びましたが、マイケルも孤独だったと思いますね。それでも逃げずに王道のポップスを作り続けた。そんなところも彼の音楽が共感を呼ぶ理由のひとつではないでしょうか。

マイケル・ジャクソン - ビリー・ジーン

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