【旧車図鑑】パラダイムシフトを引き起こした、小さいけれども大きな存在・スバル360

【旧車図鑑】パラダイムシフトを引き起こした、小さいけれども大きな存在・スバル360

日本ではじめて、人々に「自家用車」を持つ夢を見せてくれた「スバル・360」。モータリゼーションを実現し、頑張れば明日はもっと良くなるという夢を具現化してくれた存在だ。その誕生した時代背景と、世の中の動きを追ってみよう。


かつては特別なものであった「乗用車」

「大衆車」と呼ばれる存在が一般に普及しはじめたのは、1950年代後半から60年代前半くらいの頃のこと。もっとも早かった例として、1930年代後半にドイツで掲げられた国民車構想にルーツを持つ民衆車、後のフォルクスワーゲン・タイプⅠ(通称ビートル)があるが、実際に民間用の生産が始まったのは戦後のことである。ドイツに限らず、戦時中は世界中の自動車会社は軍用車両や戦車、あるいは飛行機用のエンジン製造などに徴発されたため、ほぼ民生向けの乗用車は製造開発されていなかったと言ってよい。戦後まもなく、ドイツ、イタリア、日本を除く先進国では自動車の製造が再開され、次々と新しい技術や設計がほどこされた新型車が発表。日本にも主にアメリカ製の自動車が多数持ち込まれ、米軍関係者や一部の大企業、公官庁等の公用車などで運用されはじめた。この頃、乗用車は要するにに上流階級の特別な人たちが乗るものであったのは、言うまでもない。

日本でも専用に設計された「乗用車」が登場

財閥解体や旧軍需企業の再編などにより、戦後まもなくの日本の自動車産業は壊滅寸前だった。このころは前項のようにアメリカ製の乗用車やトラックが多く日本に持ち込まれており、アメリカで優れた自動車が安く製造できるのだから、日本で乗用車を作る必要はないと言い切る政治家までいたと言われる。ところが、1950年に朝鮮戦争が勃発すると、地理的に近い場所にある日本には軍用車の製造や修理の仕事が多数舞い込むようになり、いきおい日本の自動車産業が息を吹き返すこととなった。それまで国産の乗用車は小型トラックのシャシーに箱型のボディを載せただけの簡素なものがほとんどだったが、1955年になるとようやく乗用車として専用に設計された初代トヨペット・クラウンやダットサン110型が登場した。もっとも、非常に高価格だったため公用車やタクシーとして運用されることがほとんどだった。自動車が大衆のものとなるには、まだまだ時間が必要だったのである。

自動車を大衆のものとする構想が持ち上がった

1954年(昭和29年)には東京の日比谷公園で現在の東京モーターショーのルーツとなる「第1回 全日本自動車ショウ」が開催され、大変な注目を集めることとなった。これちなみにこの時、出品者数は254社に及び、10日間の開催で約55万人が来場したという。この翌年、1955年(昭和30年)に旧通産省(現在の経産省)がまとめた国民車育成要綱(案)が、発表前の草案だった時点で新聞社によってスクープとして報道され、それが大変な注目と期待を以て世に受け入れられた。その内容は、一定の要件を満たす自動車の開発に成功すれば国がその製造と販売を支援するというものであった。
その要件とは、4名乗車で時速100Kmを実現すること、排気量は350~500ccで30km/リットルの燃費(時速60kmで走行時)、販売価格25万円以下など非常に厳しいものであった(ちなみに1955年の大卒初任給は約8,700円、2021年は約21万円なので、単純計算すると現在の価値で約600万円相当)。

ついに誕生した、「スバル360」

当時、自動車産業への新規参入を狙った富士重工業(現SUBARU)は、先行試作していた1500(P-1)の量産化断念の反省から、1954年(昭和29年)に発表された道路交通法改正発足した新規軽自動車規格に則った新型軽自動車のプロジェクトに着手。戦前からの航空機製造で培った経験を活かして開発した、試作1号車が1957年(昭和32年)に完成した。翌1958年(昭和33年)5月には「スバル360」として発売を開始した。
スバル360は、他社の多くが実現不可能と判断しあきらめていた先の国民車育成要綱(案)の要求した条件をほぼ満たす内容を実現しており、たちまちのうちに広く受け入れられ、軽自動車という新しい市場を作り出すことに成功した。もっとも、開発主幹としてその名を知られる百瀬晋六氏や当時の富士重工の経営陣からすれば、開発にあたり意識したものは官主導の国民車構想ではなく、当時の日本の道路事情や製造現場の声、そして何より「国民車」を渇仰する人々の声であっただろう。

自家用車を持てる幸せを求めて

先の「国民車構想」は、結果的にこれに合致した新型車および製造メーカーに対し何等かの補助を行うことはなく、あくまで(案)のままであった。とはいえ、アメリカやヨーロッパ諸国の自動車産業先進国に大きく立ち遅れていた日本の自動車産業にパラダイムシフトを引き起こす切っ掛けになったことは想像に難くなく、日本が世界に冠たる工業国として歩み始める大きな一歩であったことは間違いない。そして何より、日本のモータリゼーションを大きく進め、一般大衆に自動車を身近なものとして定着させ「自家用車を持てる幸せ」や「豊かな生活」を具体的にイメージさせ明日への希望をもたらすという、日本の成長の大きな大きな一歩となったのである。

スバル・360(K111/212型)の画像アーカイブ【旧車】

https://goldenyokocho.jp/articles/2361

ゴールデン横丁スタッフが取材で集めた画像を車種別・世代別にまとめて公開します。このページは「スバル・360(K111/212型)」の画像アーカーブです。新着画像は随時追加します。

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