スーパーカーブームの「主役」のクルマ、ロータス・ヨーロッパ

スーパーカーブームの「主役」のクルマ、ロータス・ヨーロッパ

1970年代中ごろに巻き起こった、スーパーカーブーム。週刊少年ジャンプ(集英社)で連載されていた『サーキットの狼』(池沢さとし氏)の大ヒットがそのキッカケであったことは多くの人が知るところだ。そしてその大人気コミックの主人公が駆っていたマシンが、「ロータス・ヨーロッパ」だった。軽量なボディとミッドシップレイアウトによる機敏な運動性能で、小排気量車ながら大型でハイパワーなライバルたちを寄せ付けないその姿に、胸をアツくしたファンは多かったことだろう。判官贔屓とでもいうか、まさに日本人の心の琴線に触れるスポーツカー、それが「ロータス・ヨーロッパ」だった。


「サーキットの狼」が巻き起こした、一大ムーブメント

池沢さとし氏の『サーキットの狼』の連載が始まったのは、1975年(昭和50年)。連載開始とともに瞬く間にブームが巻き起こり、そのピークは1977年(昭和52年)の夏ごろだったといわれる。記憶の中ではもっと長い期間だった気もするが、この2年あまりのスーパーカーブームによって心を鷲づかみにされ、その後ずっとクルマ好きになってしまった少年たちもいたことだろう。三つ子の魂百までというが、今まさに50代以上のカーマニアには、小中学生からずっとクルマが好きだという人も少なくないように思う。かくいう筆者もその一人である。

社会現象ともなったスーパーカーブーム

日本では過去に何度かスーパーカーブームが訪れたが、一般に「スーパーカーブーム」というと冒頭で述べた1970年代後半に起きた最初のブームのことを指すことが多い。この時代を振り返ってみると、第一次オイルショックの直後で、世界的に見ても自動車メーカーがいくつか倒産したり、事業規模縮小の憂き目を見たりしていた時期である。国内でも相次ぐ排ガス規制により国産スポーツカーが牙を抜かれ、忸怩たる思いをしていたオーナー・ドライバーも多かったことだろう。だが、スーパーカーという“現実とはかけ離れた”自動車文化は、文字通り浮世離れした、クルマに夢を見させてくれるムーブメントだった。そこに惹かれた大人たちもたくさんいたし、少年たちはもっとシンプルにその姿かたちに憧れ、圧倒あれ、思い焦がれたのだ。そしてクルマの販売だけでなく、スーパーカーを主役にしたショーやイベント、テレビ番組、そして様々なグッズ販売や出版といったビジネスチャンスをも生み出し、社会現象となったのだった。

風吹裕矢の愛車、ロータス・ヨーロッパ

話をヨーロッパに戻そう。「サーキットの狼」の主人公、風吹裕矢の駆る白いロータス・ヨーロッパ・スペシャル。軽量小型で低いボディに小排気量エンジンをミッドシップに積み、ひらりと舞うように駆け抜けるスーパーハンドリングマシンだ。「蝶のように舞い、蜂のように刺す」とはモハメド・アリのボクシングスタイルを評した言葉だが、まさにこの表現がピッタリくるミッドシップ・ラナバウトである。非力で小型ゆえに本来の意味での「スーパーカー」に当てはまるかどうか疑問視する声もあるだろうが、ブームの主役であったからには間違いなくスーパーカーといっていいだろう。わずか1.6リットルの小排気量ながら、軽くて小型のボディゆえ非常に優れたパワーウェイトレシオを誇るヨーロッパ。高いハンドリング性能を持ち、そしてそれを活かしきる風吹裕矢のドライビングテクニックでライバルのハイパワーマシンたちをブチ抜いていくストーリーは、子どもから大人まで夢中にさせるものだった。いってしまえば判官贔屓みたいなものだが、日本人はこういう話に弱いものだ。そして作中に散りばめられた、大人のカーマニアを唸らせ少年たちの知識欲を刺激するクルマ用語や概念の数々。ドリフトやパワーウェイトレシオといった用語を本作で知った子どもも多かったはずだ。自転車で転んだ際に、「スタビライザーを地面に打ち付けた!」などと言っていたのは筆者だけではあるまい。

庶民でも手が届きそうな、ミッドシップスポーツカー

ロータス・ヨーロッパは1966年(昭和41年)から1975年(昭和50年)まで製造されたモデルだ。ロータス社にとって初のミッドシップレイアウトの市販車で、搭載されるエンジンはライトウェイトスポーツカーのエランから受け継いだもので、フォード製のブロックにロータスが開発したツインカムヘッドが載せられた。この直4エンジンを後車軸より前、Y字型のバックボーンフレームの間の低い位置に縦置きされた。当時、F1で名を馳せていたロータスがサーキットで培った技術を惜しみなく注ぎ込みつつ、庶民でも手が届くミッドシップスポーツカーを目指して開発されたヨーロッパは、当時の先進的な技術を投入しつつも徹底的なコストダウンが図られている。シリーズ1と呼ばれる初期モデルでは、パワートレインはルノーの中型5ドアハッチバッグである「ルノー16(セーズ)」からの流用(しかもほぼドノーマルの状態といわれている)だし、フロントに奢られたダブルウィッシュボーン式サスペンションまわりはトライアンフ・スピットファイアのものだ。一方で、何度も風洞実験を行い空力的に優れたボディデザインを当時最新の素材であったFRPで形成している。そして実車を見たことがある人ならば誰もが驚く、あの極めて低い、地を這うような低重心のスタイル。これをスーパーカーと呼ばずして何と呼ぶか、である。

シリーズ最終モデル、ヨーロッパ・スペシャル

風吹裕矢の愛車は、最終モデルである「ヨーロッパ・スペシャル」とされている。1972年(昭和49年)に登場したこのモデルは、1.6リットルツインカムエンジンをチューンナップしインテークバルブを大型化、デロルト製のキャブレター(北米向け仕様はストロンバーグ製)を装備し圧縮比も高められた「ビッグバルブ」と呼ばれる歴代最強のエンジンが搭載されている。最高出力は126馬力と一見控えめに見るスペックだが、なにせ約730kgとされる軽量かつ空力に優れたボディである。高いハンドリング性能と機敏な加速性に優れ、コーナーでは大パワー車を打ち負かすほどの性能を誇った。そしてこの運動性能を最大限に引き出し、ライバルのカウンタックやフェラーリBBを寄せ付けない風吹裕矢のドライビングを実現したのである。

ロータス・ヨーロッパは約9年の製造期間で3回のマイナーチェンジが行われ、合計9,230台が製造されたという。カウンタック、フェラーリ365/512BB、ポルシェ・911ターボに勝るとも劣らない、スーパーカーブーム主役の1台だ。

関連する投稿


【クルマニアックイズ】375本目

【クルマニアックイズ】375本目

あなたの車愛を試すガチンコ三択クイズ!今すぐチャレンジ!


【旧車図鑑】トヨタ・セリカGT-FOUR:身近なクルマがヒーローになる

【旧車図鑑】トヨタ・セリカGT-FOUR:身近なクルマがヒーローになる

このところのWRC(世界ラリー選手権)において、トヨタのヤリスが活躍しているという話を耳にしたことがある人は多いだろう。かつて国内ではヴィッツと呼ばれていた、ごくスタンダードな小型車は現行型にモデルチェンジする際、輸出名のヤリスに名前を変えた。そしてそれまであまり打ち出していなかった、ラリーを中心としたモータースポーツのイメージも強調するようになったのである。


【クルマニアックイズ】334本目

【クルマニアックイズ】334本目

あなたの車愛を試すガチンコ三択クイズ!今すぐチャレンジ!


【旧車図鑑】ホンダ・シティ:ホンダの理想と遊びゴコロが詰まったトールボーイ

【旧車図鑑】ホンダ・シティ:ホンダの理想と遊びゴコロが詰まったトールボーイ

1981年(昭和56年)に登場した初代ホンダ・シティは、それまで誰も見たことがなかったような「背の高い乗用車」だった。もともとホンダはユニークな設計の小型車を得意とし、軽自動車はもちろんのこと、1972年(昭和47年)に発売した1.2リットルクラスの初代シビックが世界中で爆発的にヒットしていた。


【クルマニアックイズ】294本目

【クルマニアックイズ】294本目

あなたの車愛を試すガチンコ三択クイズ!今すぐチャレンジ!


最新の投稿


コンテッサ | 日野 – リアエンジンならではグリルレスなフロント

コンテッサ | 日野 – リアエンジンならではグリルレスなフロント

コンテッサはリアに搭載したエンジンで後輪を駆動するリアエンジン・リアドライブレイアウトを採用していた。


【クルマニアックイズ】402本目

【クルマニアックイズ】402本目

あなたの車愛を試すガチンコ三択クイズ!今すぐチャレンジ!


【クルマニアックイズ】401本目

【クルマニアックイズ】401本目

あなたの車愛を試すガチンコ三択クイズ!今すぐチャレンジ!


砲弾型手押しポンプ

砲弾型手押しポンプ

昭和を感じる生活用品や、家電、建物など、庶民文化研究所所長 町田忍画伯が描くイラストコレクション「昭和レトロ画帖」。今回は水道の発達以降、見かけることが少なくなった井戸の手押しポンプをご紹介。


【クルマニアックイズ】400本目

【クルマニアックイズ】400本目

あなたの車愛を試すガチンコ三択クイズ!今すぐチャレンジ!