【旧車】ミウラ│ランボルギーニ スーパーカーの歴史はここから始まった

【旧車】ミウラ│ランボルギーニ スーパーカーの歴史はここから始まった

スーパーカーブームの象徴、ランボルギーニ・カウンタックが登場する前に、まさに「最初のスーパーカー」というべき1台が誕生した。レーシングマシンさながらの性能に美しいボディデザインを誇る「ランボルギーニ・ミウラ」だ。スーパーカー界の誇る銀河系軍団が作り出したミウラの魅力とその秘密に迫る。


最初のスーパーカー、「ランボルギーニ・ミウラ」

1970年代、日本中に吹き荒れた“スーパーカーブームの嵐”。多くのクルマ好きにとって忘れられない時代だろうし、クルマ好きになった原点がここにあるという人もいるだろう。フェラーリにランボルギーニ、ポルシェにロータス…人によって「好きなスーパーカー」は様々だろうが、分かりやすいカッコよさを携えた「ランボルギーニ・カウンタック」は、当時ブームの渦中にいた子どもたちに大人気だった。
たしかにカウンタックはインパクトの強いウェッジシェイプのボディに、これまた分かりやすいカッコよさのシザーズドアを備え、見る者を釘付けにした。「ランボルギーニ・カウンタック」は、まさにスーパーカーの象徴であった。

そんなカウンタックの前に誕生した「最初のスーパーカー」とも言える1台があった。カウンタックに比べると、若干の押しの弱さはあるものの、カッコいいよりもむしろ美しさが際立つ素晴らしいスタイリングを誇っていた。それが、今回ご紹介する「ランボルギーニ・ミウラ」だ。

シャシーだけで登場したトリノ・モーターショー

トラクターの製造販売やエアコンなどの事業で成功した「フェルッチョ・ランボルギーニ」が、様々ないきさつからフェラーリに対抗すべく立ち上げた「フェルッチョ・ランボルギーニ自動車会社」。その最初のプロダクトがミウラである。ミウラが初めて世に姿を現したのは、1965年に開催されたトリノ・モーターショーだった。ランボルギーニ社が設立されてから、わずか2年後のこと。
姿を現した…といっても、当時発表されたのはシャシーとエンジンのみ!ボディもなく、名前もない…およそ車というには程遠い状態にも関わらず、集まったセレブたちの話題を集めたのだ。

見るものを圧倒する巨大なV12気筒エンジンがミッドシップに置かれ、しかもホイールベースを短くするため横置きレイアウトが採られている。当時ミッドシップエンジンはデ・トマソ・ヴァレルンガぐらいで、FRレイアウトが一般的だった。小排気量のミッドシップカーはいくつかあったものの、大きなハイパワーエンジンをミッドに置く手法は純レーシングカーの世界のみでしか成立していなかったのだ。そんな時代に、むき出しのシャシーにV12エンジンが横置きミッドシップにマウントされ展示されたのだから、注目されないワケがない。むしろ、ボディがなくシャシーのみだったからこそ、その凄さが伝わったのかもしれない。

スーパーカー界の銀河系軍団によって生み出されたミウラ

ジオット・ビッツァリーニが設計した、ランボルギーニの市販車第2弾「400GT」から受け継いだエンジンをパオロ・スタンツァーニがミウラ用に改良し、後にF1マシンのコンストラクターとして知られるジャンパオロ・ダラーラが設計したシャシーにマウント。そしてボディのスタイリングと製作はベルトーネ社が担当。しかもベルトーネのデザイナーは、ジョルジェット・ジウジアーロから交代したばかりのマルチェロ・ガンディーニだった。
もはやオールスターキャストと言ってよい、スーパーカーの偉人だらけの布陣である。まさに銀河系軍団だ。もちろん、ミウラや後に続くカウンタックの成功があったからこその偉人たちなのであるが、それにしても凄まじいメンバーだ。

そして翌1966年、ジュネーブショーでガンディーニのデザインした流麗なボディをまとい世界初の12気筒エンジンをミッドシップマウントした市販車がお披露目され、ミウラは晴れてデビューと相成った。発表されるやいなや、その美しいスタイリングが大変な話題となり、即座に100件以上のオーダーが舞い込んだとも言われている。
レーシングカーではなく市販車でV12エンジンをミッドにマウント、動力性能は0~100km/h加速6.7秒、最高速度280km/hを誇る凄まじい性能を誇り、目を奪う美しいボディをまとう。そして当然のように設定された、とんでもない販売価格。ミウラの誕生は、まさにスーパーカーの誕生の瞬間であったのだ。

世界初のスーパーカーを、世界中のセレブたちが競うように求めた

フェルッチョ・ランボルギーニは当初、ミウラはショーカーであり技術力のアピールができればいい、生産は30~50台程度と考えていたという。だが蓋を開けてみれば、即座に世界中のセレブたちからのバックオーダーが積み上がり、あっという間に納車待ちは1年以上になったという。そのウェイティングリストには、フランク・シナトラやマイルス・デイヴィス、グレース・ケリーなど錚々たる名前が連ねられていたそうだ。
設立されてわずか3年という新興メーカーだったランボルギーニは、ミウラのデビューによって一躍その名を世界に知られることとなった。ミウラのデザインを担当したマルチェロ・ガンディーニはベルトーネに就職してわずか2週間あまり、若干27歳だった。そして開発プロジェクトのリーダーでありシャシーの設計を担当したダラーラは、プロジェクトが開始された時28歳だったという。スーパーカーという新しい世界を作ったのは、若き日のクルマ界の偉人たちだったのだ。

ミウラは1966年のジュネーブ・ショーで「ミウラP400」としてデビュー後、2度のマイナーチェンジを経て1973年まで製造された。3モデル合わせて763台がラインオフしたとされている。そしてその1973年には、カウンタックがデビューを果たし、いよいよスーパーカーの時代が始まるのだった。

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