アントニオ猪木が天龍源一郎を眠らせた夜

アントニオ猪木が天龍源一郎を眠らせた夜

スポーツフォトグラファー原悦生さんが蔵出しの写真と切れ味鋭いコラムでレスラーたちの汗と涙と熱狂の記憶を呼び覚まします。今回は「アントニオ猪木が天龍源一郎を眠らせた夜」をお届けします。


8か月もリングから遠ざかっていたアントニオ猪木が、天龍源一郎とのシングルマッチで対決することになった。
1994年1月4日、東京ドーム。この試合は、メインイベントが終わった後に、特別試合として組まれた。

猪木は格闘技ルールでの完全決着戦を望んだが、天龍側は、通常のプロレス・ルールを主張した、と言われている。
この時点では、肉体的に天龍に劣っていた猪木が、何でもありというか、ノールールで天龍とぶつかることを、描いたのだろう。
表向きは通常のプロレスのルールということになったが、どういう試合になるかは、まったく想像がつかないのもだった。

天龍はジャイアント馬場の全日本プロレス時代から、猪木の得意技である延髄切りを意識して使用していた。卍固めも使った。あの頃の馬場と猪木の関係の中で、ライバル団体のトップ・レスラーの決め技を使うことが、どれだけタブー視されたものだったかは、多くの人たちが感じ取ることができた。

「猪木の物まね」とまで揶揄されても、天龍は延髄斬りを使うことをやめなかった。

全日本プロレスを出て、SWSからWARという時代のうねりの中で、天龍は新日本プロレスのリングで猪木とぶつかる。

超満員の東京ドームのリングで向き合った二人は、銅像のように動かなかった。

組み手の姿勢から猪木が放った頭突きに、天龍が「そう来るのか」と言った表情を見せた。

先に延髄切りに行ったのは天龍だった。これもあいさつ代わりなのか。

猪木はナックルを天龍のこめかみにぶち込むと、スタンディングの態勢で天龍をスリーパーホールドで一気に締め上げ、ダウンさせた
完全に首に入っている反則のチョークということで、レフェリーのタイガー服部は両者を引き離した。

天龍は起き上がろうとしたが、立ち上がれずに、あおむけにリングに倒れた。
慌てたWARのセコンド陣が天龍に駆け寄る。天龍はそんな喧噪の中でも、目を閉じたまま、眠っている。

長州力が服部にダウンカウントを促すが、服部は反則技でのダウンということでカウントせず、試合を続行する構えだった。

でも、天龍は起き上がらない。数分経っても、まったく目を覚まさない天龍を見かねた長州がリングに上がって天龍の頬を上から思いっきりビンタした。

これでやっと目を覚ました天龍はリング下に降りた。天龍はうつろな表情で場外を歩いた。
何が起きたのか、すぐには理解できなかったのだろう。

猪木はこれが卍だと言わんばかりに、リングに戻って来た天龍を卍固めに捕らえた。
さらには腕ひしぎ十字固めで天龍の右腕を締め上げた。ロープに天龍は逃げたが、それでも猪木は攻め続けた。天龍は「何をするかわからない」猪木の殺気を感じたように、残っていた手を自分の手に合わせてガードした。

このタイミングで打つのか、と私は驚いた。
コーナーに突っ込んでくる天龍を絶妙のタイミングで猪木の浴びせ蹴りが襲ったのだ。

猪木はまた天龍にチョークスリーパーを仕掛けた。

猪木がもう一人の猪木と戦っているような気もした。

天龍は猪木の顔面を蹴り上げると、抱え投げにいった。
そして、唐突のようにも思えたが、パワーボムで猪木を落とした。

猪木はカウント2で跳ねのけたつもりだったが、レフェリーは3カウントで天龍の勝ちを告げた。

2度目の一騎打ちが実現することはなかった。

天龍は馬場と猪木の二人からフォールを奪った男になれたが、猪木の恐ろしさが伝わってきた試合だった。

ゴールデン横丁の仲間たち | 原 悦生(はら えつお)

https://goldenyokocho.jp/articles/672

16歳からプロレスを撮り始める。スポニチの写真記者を経て、1986年からフリーランス。アントニオ猪木とイラク、キューバ、北朝鮮など世界中を旅した。サッカーではUEFAチャンピオンズリーグの常連で、ワールドカップは8回取材している。プロレスの著書には「猪木の夢」「INOKI」「Battle of 21st」などがある。国際スポーツ記者協会(AIPS)会員。 FootballWorldで食べまくり!

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