高橋英辰 ‐ サッカー千蹴写真館はこうして始まった

高橋英辰 ‐ サッカー千蹴写真館はこうして始まった

ファインダー越しにサッカー界を見つめてきたプロカメラマン今井恭司さんの蔵出し写真と暖かいコラム。今回は「高橋英辰 ‐ サッカー千蹴写真館はこうして始まった」をお届けします。


日立製作所サッカー部を率いる高橋英辰監督(右端)

この写真は、天皇杯全日本サッカー選手権大会で日立製作所サッカー部を率いる「ロクさん」こと高橋英辰監督(右)です。写真中央がのちに監督を務めた中村義喜コーチ、左が現役時代にスッポンの異名をもった山口芳忠コーチです。データが失われてしまったため撮影日時の詳細が不明ですが、おそらく日立製作所が天皇杯で優勝した1975年だったと思います。

日立製作所サッカー部を率いた名将

若いサッカーファンはご存じないと思いますが、日立製作所サッカー部(現在の柏レイソル)を長いこと率いた監督の高橋英辰(たかはしひでとき)さんのことを、みんなは「ロクさん、ロクさん」といつも呼んでいました。日本サッカーリーグの時代にひとつのチームを監督として指導していたのは、高橋さんがたぶん一番長かったと思うんですよね。60歳になっても監督を務めるというような例があまりなかった時代に、ずっと監督でいた、というか監督を続けることができた方なんです。1969年から1976年まで日立製作所サッカー部の監督を務めました。実はその前に長沼健さんが監督に就任する前の日本代表監督も務めてらした(1960年~1962年)。

なぜ愛称が「ロクさん」かというのは、実はぼくもよく覚えていないんですけど、ロクさんのお父さんの髪が薄くて、その息子さんだからという説(Sun の Son で3+3でロク)がありますが、ご本人はそう言ってなかった気がするんですよね。何度か遠征先で一緒に泊ったりしたことがあったので、「なんでロクさんなんですか?」ってご本人にうかがったこともありますけど、なぜかあんまり話したがらなかったんですよ。「なんでかなあ……」って話をはぐらかす、というと言葉は悪いですが、オブラートに包みながら話題を変えたりとか、話の趣旨を変えたりするのは上手な方でした

ムルデカ大会に視察に来た高橋英辰監督

ムルデカ大会でクアラルンプール事件に遭遇

ぼくがなんでロクさんと親しかったかというと、1975年に長沼健さんが日本代表監督だった時にムルデカ大会に日本代表が参加して、その大会にロクさんは会社を休んで自費で大会の視察に来ていた。宿泊していたホテルは違っていたんだけど、試合会場で顔をあわせて話もしていた。ちょうどその時クアラルンプール事件が起こって、ロクさんが帰国を予定していた飛行機が飛ばなくなって、日本に帰れなくなってしまった。「さあ、どうしよう……宿がないなあ……困ったなあ……」とかいって、ぼくはたまたま空港までロクさんを見送りに行っていた関係で、最初は半分冗談で「じゃあ、今井くんのところに泊めてもらおうかなあ……」って。で、二泊か三泊ぼくの部屋に泊ってもらって、やっと飛行機も飛ぶようになって「なごり惜しいけど、やっぱり帰るわ」と言い残して日本に帰国されました。そのころまだ日立製作所の社員だったから会社仕事もあるし、大会の最後まではいられなかったんでしょうね。でも、このムルデカ大会だけじゃなくて、いろんなところに、例えばヨーロッパ各国のリーグ戦の試合とか、そういうところまで時間ができるとぽっと足を延ばして視察に行くような、実にフットワークの軽い方でした。

サッカー専門誌にも寄稿、本も執筆

それにとてもクレバーな方だったので、サッカー専門誌「イレブン」とかいろんな雑誌に観戦記を寄稿されていた。もちろん編集部から原稿の依頼を受けて書いていたわけですが、何冊か著作本もあったと思います。その頃はまだ海外に取材に行く人自体が少なかったのと、ロクさんの場合は非常に見識も深かったので、当時のサッカーファンにはきっといい読み物になったんでしょうね。その頃はサッカーを深く掘り下げてモノが書ける人はあまり多くなかった時代だし、そもそもサッカー専業でライターがメシを食える時代じゃなかった。それがまあ一番ですよね。それでいて自分がいつもサッカーでみていること、思っていることをコラムとしてまとめたりとか、戦評みたいなものを書いたりしちゃうと、本職の方々にしてみるとちょっと煙たい存在ではあったんです。でもご本人は頼まれた仕事だし、自分の考えていることを出せれば、それはそんなに悪いことではないわけで、それがサッカー界全体の底上げを図れることであればいいんだけど……ということでやってただけで、「ダメならダメで、それはそれでいいんだよー」って執筆活動でガツガツやっていこうというタイプではなかった。

「神様はサッカー特派員」高橋英辰著

そうじゃなくても日本代表監督まで務めた方だったし、いつもご自身でノートにきれいにぴっちりと観戦記を記されていて、ロクさんのサッカーノートはすごいものがありました。それでいて「こうやらなきゃいけない」とか「こういうもんだ」っていう決めごとをしなかったから、非常に柔軟に仕事をこなしておられた。それに加えて、他のひとに比べたら見識も深くて、いろんなモノ、最新のサッカーのトレンドも見ていたし、国内外のいろんな人とも対話をされていたし、人柄もよくていつも非常ににこやかに話をされていたのをよく覚えています。

日本の総理大臣によろしく!

ロクさんが日本代表監督をやっていた当時、ムルデカ大会に参加して、ウェルカムパーティーをマレーシアの首相官邸かなんかでやったらしいんだけど、その時にラーマンさん(トゥンク・アブドゥル・ラーマン)が首相で、日本代表監督はロクさんで、握手していろんな話をしている中で、「こんなにごちそうになってしまってなんのお礼もできません」ってロクさんが感謝の気持ちを伝えたら、ラーマンさんが「日本の総理大臣によろしく!」って言ったんだって。(当時ラーマン首相がマレーシアサッカー協会会長でアジアサッカー連盟会長でもあった)ロクさんは困ってしまって「どうやって日本の総理大臣にラーマンさんがよろしく言ってましたって伝えればいいんだよ……」って困ってしまった。その時の日本の首相は、池田勇人さんだったかな? ラーマンさんは普通の会話で、いつものようにそういう話をしたんだろうけど、ナショナルチームの監督なら当然自国の首相にツテくらいあるだろうと思ってたらしい。そういうおもしろい話もしてくれた。もう夜も寝ずにいろんなサッカーに纏わる話をしてくれました。

ムルデカ大会に視察に来た高橋英辰監督

お葬式用の写真撮ってよ

これはマレーシアの空港で手持無沙汰にしているところをぱちっと撮った写真です。ロクさんはいつもぼくに会うと「お葬式用の写真撮ってよ」っていうんです。で、撮ると「いい写真撮れたね」ってうれしそうにいってしまった。それをなぜか毎年差し替えたりしていました。「新しいのにしておかないとなあ」「写真が古いとなあ」とか会うといつもおっしゃっておられた。ロクさんがお亡くなりになった2000年2月、ぼくはカールスバーグカップの取材で香港に滞在していたため、残念ながら葬儀に出席できなかった。長沼健さんが葬儀に行って、そのあとぼくに会ったときに「今井さん、あの写真、いい写真だったよ」っていうんですよ。「ロクさん笑顔でね。いい表情の写真だった」って。

そうしたら長沼健さんも「じゃあ、オレの写真も撮ってよ」ってなって、まわりまわってサッカー関係者のみんながぼくに「オレも」「オレも」っていうようになってしまった。そもそもこの『サッカー千蹴写真館』の連載を始める一番最初のきっかけは、昔からサッカー界を支えてきたみなさんが元気なうちに近影を撮って、近況をひとことを添えて、それに昔の若い頃のカッコイイ写真も組んでなんかページができたらいいなあと考えていて、サッカーダイジェストにそういう話をしたらはじめることができて、そのあとこの『ゴールデン横丁』さんがウェブサイトで継続してくれた。だから元をいうとロクさんがそういうふうにいってくれたおかげでもあったんです。

(後篇につづく)

ゴールデン横丁の仲間たち | 今井 恭司(いまい きょうじ)

https://goldenyokocho.jp/articles/671

世界中を飛び回り最前線で日本サッカーを見つめてきたイマイさん。蔵出し写真とトークをゴル横だけにお届けします。2017年8月1日、日本サッカー協会により「第14回日本サッカー殿堂」に掲額されることが決定しました(特別選考)。

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