腰痛を治すなんてわけはない

腰痛を治すなんてわけはない

エッセイストにして経営者でもある村上百歩氏が同世代のおじさん仲間におくるエンターテインメント・コラム。今回はご同輩ならよくわかる、腰痛のお話です。


自慢の腰痛

自慢じゃないが、僕は二十代半ばからの年季の入った腰痛持ちで、それこそ街中の整体、マッサージなどで
「ううむ、鉄板を入れているみたいですね」
「わあ、これ、きついでしょう?」
といわれ、鼻高々に(顔はマッサージ台の穴ぼこから下を向いているので見えないが)
「ええ、まあ」
と誇らしげにして返事をしていたものだった。
ただし、
「鍼は、相性が悪いから絶対やめときなさい」
という我が家の家訓に従い、鍼は遠慮している。(お灸は大好きである)

 腰痛がひどくなってくると、そのうち、背中、肩、太ももの両脇、とんどんきついところが広がってきて。飛行機などに乗っていて、大声で
「助けてくれ!」
と叫びたくなることすらある。
 これまでどれだけ整体に金を使ったかも計り知れない。

 しかし、いよいよ、
こんなことでは老後は果たしてどうなってしまうのであろうか、
と40歳代に真剣にこの問題に取り組むことにした。出した結論が、
「これは体が硬いことに因るものに違いない」
という、
誰でも知っているよ、そんなこと、
といわれてしまいそうなことである。こんなことを気が付くのにまず20年かかっている。

ハードライフ

そもそも小学生高学年までは、足の指先が鼻先につけて、柔らかさを誇っていたのだ。ところが、大学受験のさなか、運動不足対策に前屈をしてみて驚いた。床から10センチ近く離れたところから指先が動かないのである。
こんな状態のまま、大学では運動部に入ったものの、あたりまえながら、柔軟もストレッチもがちがち(当時は、まだ背中を人にぐいぐい体重かけてもらう柔軟運動も生存していた。今だったら、〇〇ハラで訴えられるであろう)で、案の定、しばしば腰を痛めてしまった。それでも、まだ体を動かしていたので、少なくても体の硬化は進んでいなかったはずなのだ。

社会人になってからがひどい生活で、運動も柔軟運動もせずに、陽水さんにいわれるまま
「食う、寝る、遊ぶ」(なつかしいね)
の生活をしていたので、気が付くと、恐ろしいハードボディーと化し、が文字通りハードライフを過ごしていたのである。

結婚して数年した頃、世の中に真向法という呼吸法を取り入れた体操があることをしり、勧められて始めた頃は、体を前に倒そうとしているのにもかかわらず、あまりの体の曲がらなさに、体操をしていることを妻にわかってもらえず悔しい思いをしたこともあった。
それでもめげずに一年ほど続けていると、徐々に体が柔らかくなっていくのが実感できたのだが、
そこで粗忽者の真価を発揮。
あれだけ、決して無理をしてはいけませんよ、と言われたにも関わらず。もう少しで足の指先に手が届く!と、欲をかいて「むっ!」と無理をし、
腰を、ぐぎっ
とやってしまったのである。

結局、自分ひとりで続けるのはこわくて諦めた。

腰痛を治すなんてわけはない

その後も、5年ほど、あっちの整体、こっちのクリニックとさまよいながら、たどりついたのが、ストレッチ治療だった。自分で、ではなく、先生にストレッチをしてもらうのだ。
営業妨害といわれようといっておかなければならないのは、このストレッチ、拷問のように痛いということ。ので、マゾ系の人でないと続けられないが(おかげで自分がMだと自覚した)、肩甲骨も股関節もどんどん柔らかくなっていき、さらに、歩き方、座り方、呼吸法も教えてもらって、なんだか自分の身体でないような身軽さを取り返しつつある。課題の腰痛も治ったのみならず、肩こり、寝起き、便通なども調子がよく、思っていた以上に、体が硬いことの悪影響が大きかったことを痛感している今日この頃であります。

写真はイメージです

ところで、最近、体が柔らかくなったせいか、不思議な体験をするようになってきている。
何かを背中で感じて、ぱっと振り返ると、自分を見ていた犬と目が合うとか、
誰かに電話しようと携帯を手に取ると、その相手から電話がかかってくるとか、
銃弾が停まってみえるとか(これは嘘です、ごめんなさい)。
今はその程度だが、このままストレッチを続けて体が柔らかくなってきたら、そのうちスプーンを曲げたり、犬と会話したり、座禅して宙に浮いたりもできそうな気がしている。

自分の腰痛を治すなんてわけはない。

ゴールデン横丁の仲間たち | 村上 百歩(むらかみ ひゃっぽ)

https://goldenyokocho.jp/articles/2334

自分や身の回りのことを中途半端な長さのエッセイにするのが趣味の変人経営者、村上百歩(むらかみ・ひゃっぽ)氏。変人とは半分謙遜、半分事実なのは長年の友人であるゴル横会長の良く知るところなり。

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