巻誠一郎 ‐ 倒れても倒されても最後まで走り続けた魂のプレイヤー

巻誠一郎 ‐ 倒れても倒されても最後まで走り続けた魂のプレイヤー

ファインダー越しにサッカー界を見つめてきたプロカメラマン今井恭司さんの蔵出し写真と暖かいコラム。今回は「巻誠一郎 ‐ 倒れても倒されても最後まで走り続けた魂のプレイヤー」をお届けします。


2006年6月22日、FIFAワールドカップドイツ大会ブラジル戦の巻誠一郎選手

この写真は2006年6月22日、ドルトムントで行われたFIFAワールドカップドイツ大会グループステージ最終戦のブラジル戦で、ルシオ選手と競り合う巻誠一郎選手です。この大会初戦のオーストラリア戦で84分からの3失点で逆転負けを喫した日本代表は、続くクロアチア戦を引き分け、グループリーグ突破へは前回大会王者・ブラジルとのこの最終戦で「2点差以上の勝利」が最低条件でしたが、1対4で敗退が決定しました。巻誠一郎選手はこのブラジル戦でワールドカップ初出場を果たしました。

2006年ワールドカップドイツ大会で日本代表にサプライズ選出

巻誠一郎選手はブラジル戦でスタメン出場して、60分に高原直泰選手と交代。ルシオが手を使っているのがわかりますけど、相手のブラジルにとっても嫌な選手だったんでしょう。ディフェンダーにとってみると、上手い下手関係なくこうして引っ張ったり掴んだり蹴っても蹴っても果敢に来るヤツっていうのは、本当に手ごわい選手ですよね。バチーンっと一発かまされたら、だいたい怖気づいて来ないのもいるけど、二発でも三発でも、やられてもやられても巻選手はしぶとくファイトしてきましたからね。決して上手い選手ではなかったですけど──こんなこと本当は書けないですけど──何度でも立ち上がってドロ臭くファイトする、そんな魅力ある選手でした。

2006年6月22日、FIFAワールドカップドイツ大会ブラジル戦の巻誠一郎選手とルシオ選手

「利き足はアタマです」

昨シーズン限りでロアッソ熊本で現役を引退された巻誠一郎さんですが、みんなが当時から言ってましたけど、ヒザから下のボールでも体を投げ出して、アタマから飛び込んで行きましたからね。「利き足はアタマです」って有名な発言もありました。そういうのって本当はものすごく怖いし、勇気がいるじゃないですか? 当然相手の足だってくるわけだし、それでもアタマからズドーンって飛び込んでいけるのはすごいことだと思うんです。ちょっとそういういい写真がなかったんですけど……。イビチャ・オシム監督がジェフ市原(現ジェフ千葉)にきて、走って走って走るサッカーといろんなオシム語録を交えながら実践した厳しい指導でもって若い選手たちを教えてくれて、駒澤大学からプロになったばかりの巻選手が成長していった部分もすごくあった。90分間走り続けてボールを動かすことと、ドロ臭くボールを追うというのが日本のサッカーが目指す原点なんじゃないか、というふうにこの当時はあらためて思いましたが──いまはまたちょっと変わってきていますけど──まさに巻選手はオシム監督の申し子みたいな感じだったですよね。

2007年11月15日、AFCアジアカップ2007予選サウジアラビア戦の巻誠一郎選手

この時期、ワールドカップの季節になると思いだしますよね、不思議と。僕がいつも巻選手で思い出すのは、ワールドカップドイツ大会のメンバー発表の時に、最後の選手としてジーコ監督が「マキ」ってリストを読んだ時、記者会見場は一斉にどよめきが起こった。それを思い出すと今でも感慨深いです。あの発表のあと、ジェフの姉崎の練習場がエライ騒ぎになって、普段は人もまばらな練習場にもう何百人って人たちが押し寄せてきた。当時のジェフからしたらそれは一番の衝撃でしたし、巻選手のようなひたむきなプレースタイルが評価されたことはうれしかった。人間て、なんかこう自分が持っていない違うところに魅かれることってあるじゃないですか? 巻選手のように一生懸命ひたむきにやっていると、こういうこともあるのかなと思って、いやーあの時は本当に感激しました。

ものすごく身長があるわけでもないし(184cm)、人並はずれて身体が強いわけでもないですが、ただハートっていうか、一歩でも前に前にっていうのだけは人一倍ありましたよね。本当にそれくらいしかない選手だったんだけど、心を揺さぶる選手でした。この前も引退してから初めてフクアリのイベントにきたときに思ったのは、まだジェフのファンはこんなにも彼のことを忘れないでいてくれてるんだっていうくらい、たくさんの声援を送ってもらって「巻! 巻!」って声を掛けられていた。もしかしたら本当は最後はここでやりたかったんだろう。

2007年11月15日、AFCアジアカップ2007予選サウジアラビア戦の巻誠一郎選手とオシム監督

地元熊本の復興支援活動にも尽力

ジェフからロシアリーグのアムカル・ペルミに移籍して、深センから東京ヴェルディを経て、最後は故郷のロアッソ熊本に戻った。2016年に熊本で震災があったときに復興支援活動に尽力して、いろんなメディアに出たりして、サッカー選手でありながらピッチ以外のところでもしっかり地元に貢献したという、そういう意味では本当に偉大な選手になったなっていう感じですね。やっぱり巻選手の場合でも人を大事にする、それがやっぱり人に好かれる要素だったんだろうなと思うんです。たぶんそんなにすごい記録は持ってないだろうし──日本代表として38試合出場8得点──ただどういう時期の、どういう試合の、どういう場面で活躍したか、印象に残るプレーができたかっていうのはありますからね。そういう時に彼は力を100%発揮できたし、ちょうどこの頃が一番脂が乗っていた。

今は熊本に戻ってこどもたちにサッカーを教えたりはしているそうなんだけど、この先何をちゃんとやるっていうのはまだ決まっていないらしい。もう現役は終わっていますが、プレーしたジェフ、ヴェルディ、そしてロアッソ熊本ではいまも絶大な人気があるとても稀有な選手だと思います。まあでも、これだけ倒されても倒されても、また立ち上がって走っていくっていう選手はいなかったですね。そういうところにみんな惹かれるんでしょう。華麗なっていうよりは泥臭く、本人は泥臭いなんて思ってないでしょうけど、最近またこういう選手が少なくなってきたような気がします。

でも、代表の中にひとりくらいこんな選手がいないとダメなんじゃないですか。タイプ的にいえば岡野さんも巻さんのような類の選手じゃないですか? どこか最後の最後で、なんとかして一本っていう時に、信じられないような力を出してくるっていう、もう理屈じゃなくて体でなんとかする。体が転がったら、転がった先にボールがあって、体のどこかにあたって入っちゃった、みたいなね。でも本当に性格もすごくいいし、仲間とすぐに打ち解けるし、それでいて親分肌のところもある。みんなが彼の求心力をリスペクトしながら、「巻がこれだけやってくれている」ってわかってたから、彼は行く先々で熱い声援を受けてプレーすることができた。

2007年3月24日、キリンチャレンジカップ2007ペルー戦の巻誠一郎選手

今後指導者としての活躍に期待

この先、巻さんに期待することは、どっちかといったらテレビやなんかで解説するよりは、指導者になって現場でやった方がいいような気がするんです。こういう人が次の世代を教えていって、そこから巻選手のようないい子がでてくる。たぶん教えたり練習をみていく中で素晴らしい才能を発掘してくれると思うんです。それでいて、いい感じの鬼軍曹になってくれそうな気もします。いまの時代、鬼軍曹タイプはあまりもてはやされないけど、いざという時にはそういうタイプにすがりたくなる時も必ずある。実際に見たことはないけど、フロントにはキチンをもの申すタイプだったらしい。それが煙たがられた部分もなくはなかっただろうけど、まっとうなことはいわなければいけないっていうタイプだったようです。練習施設やクラブハウス設備についてはいろいろ改善点を直訴したらしいし、それは何のためかといったら、自分のため選手たちのためであるし、それがうまい具合に行けばクラブのためにもサポーターのためにもなりますし、理屈だけじゃなくてそういうことも考えながら選手生活を送ってきた。

ただガムシャラでなんにも考えてなさそうにみえて、結構考えてやってくれてたんです。いや、なかなかこういうタイプの選手は出てこなかったから貴重ですよね。そこそこの選手はたくさんいますけど、これだけ気持ちを前面に出す選手はめったに出てこない。試合に負けてサポーターの前に挨拶に出てくる時も一番悔しがっていたでしょう。いつも体中でそういうことを意識することなく表現していた。それは自分が点が取れなかったってこともあるだろうけど、歩いているだけで勝てなかった悔しさがわかる選手ってあんまりいなかった。

いまもフクアリでは絶大な人気

なんといっても、いまもフクアリでは絶大な人気ですからね。いまだに巻選手の18番のユニフォームを着てスタジアムにくるサポーターもたくさんいらっしゃいます。東京ヴェルディでも、ロアッソ熊本でも、あれだけ愛されてよかったし、引退してからもここフクアリに戻ってきて、こういうセレモニーをやったときに、スタンドから大声援を受ける巻さんをみて「ああ、よかったなあ」ってあらためて思いました。こうしてまたフクアリに戻ってきてくれて、本当によかったなってね。

2019年4月28日、ジェフユナイテッド千葉対大宮アルディージャ戦でフクアリを訪れた巻誠一郎さん

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