岡野雅行 ‐ 日本をワールドカップに導いた野人

岡野雅行 ‐ 日本をワールドカップに導いた野人

ファインダー越しにサッカー界を見つめてきたプロカメラマン今井恭司さんの蔵出し写真と暖かいコラム。今回は「岡野雅行 ‐ 日本をワールドカップに導いた野人」をお届けします。


1997年11月、ジョホールバルで行われたイラン戦でゴールを決めた岡野雅行選手

この写真は1997年11月16日、マレーシアのジョホールバルで行われたFIFAワールドカップフランス大会アジア地区第3代表決定戦のイラン戦で、延長後半118分にゴールデンゴールを決めた岡野雅行選手です。

ワールドカップに連れていってくれた張本人

岡野雅行選手ですが、元々の生まれは確か神奈川の横浜だったかな? 高校は島根の松江日大高校(現立正大淞南高校)に行って、この頃のエピソードは書籍(『サッカーをあきらめない サッカー部のない高校から日本代表へ』KADOKAWA)やドラマ(『激アツ!! ヤンキーサッカー部』テレビ朝日)にも最近なりましたね。もう本当に昔の学園ドラマのような筋書きで……。

しかし、日本をワールドカップに連れていってくれた張本人は岡野さんですからね、本当にそうなんですよ。朝日新聞社が主催の講演会で彼の話を聞いていると、ものすごく話が上手なんです。うまいこと聴衆の気を惹く話し方なんかもすごく上手で、前からこんなに話すのはうまかったかなあ……と思ってたら、やっぱりガイナーレ鳥取に行ってGMから取締役から営業から、もうなんでもやらなくてはいけなくなったから、そうこうするうちに話し方も上手になったんだっていってました。

「監督、出番、まだですか?」

ワールドカップ予選の時のエピソードもおもしろいですね。ほとんどスーパーサブで起用されることが多かったから、とにかくいつもこうしてベンチにいるじゃないですか? どうやって試合に出してもらおうか、どうやって岡田監督にアピールしたらいいだろうかって考えたときに、ベンチのところを「タッタッタッタ」って向こうにいって、「タッタッタッタ」ってまた走って戻ってきてっていうのを繰り返して、それで岡田監督に「監督、出番、まだですか?」って聞くんだって。そうすると岡田監督は「おまえは秘密兵器だから」っていわれて、「そうだ。おれは秘密兵器なんだ。だからいざっていう時にはやっぱり出るんだ」って自分に言い聞かせながら、決して腐らずにひたむきに準備してきた、と。誰かに焚き付けられたわけでもなく、自分の意思で「オレを使ってくれ!」とみせるんだって。

実際のところ、ウォームアップのときに、サブの選手がベンチにいる監督の真ん前を走って横切る、なんてことはないから、どこまでが本当でどこまでがウソか分からないんだけど、そういう話し方と逸話のようなストーリーの展開がとても上手なんです。聞いている人たちを笑わせながら、グングングングン引っ張っていくというスタイル。もう誰か台本書いた人がいるんじゃないか? って思うくらい上手なんです。

1997年11月、ジョホールバルで行われたイラン戦でゴールを決めた岡野雅行選手

オリジナルネガが返ってこない

上の写真2枚はゴールを決めた後の写真で、ゴールを決めてぐっと立ちあがってベンチに向かって走り出したところ。いい写真でしょう! この時の写真はフイルム撮影で、オリジナルネガがどこかに行ってしまった。デュープしてデュープしてを繰り返していたからすごいのしか残っていない。それで粗いというか写真も変色してしまっています。だいたい新聞社や出版社から「写真貸して!」っていわれてオリジナルを貸して戻ってこないと、手元に残るのはデュープのデュープのデュープくらいになってしまうんです。いまはデジタルだからコピーしても画質は落ちませんけど、当時はフイルムだから仕方がないですね。

野人・岡野のコミュニケーション能力

岡野さんを見ていると「なにかひとつ持っている」っていうのはホントに強いなと思います。彼の場合はとにかく足が速い。もうとにかく一にも二にも足が速い。それに加えて、なにかのたびに自分をアピールする力、監督に「どうですか?」って臆せず率直に聞けるコミュニケーション能力。本当にそういうふうに聞いたのかどうなのかはわかりませんが、「オレは秘密兵器だ」「出番は絶対にくる」っていう闘志を燃やしてひたむきにやっていたらしい。やっぱりポジティブ思考なんでしょう。いやでもおもしろいですよ! 普通に見ていたら決して技術的に秀でた上手い選手ではないけれども、とにかく後半あれだけみんながへばっているときに、「野人・岡野」が出てきて、ピッチを縦横無尽に走られたら、そりゃ嫌ですからね。

三菱重工OBの高田一美選手と野人・岡野

タイプはちょっと違うけど三菱重工に昔いた右のウイングで、高田一美選手も速かったなあ。長沼健さんが日本代表監督だった時に、「1回2回じゃなく、4回5回と右サイドをとにかく走れ」「相手が嫌になって追いかけてこなくなるから」ってアドバイスされて、いやーもうとにかく走る走る、早い早い! そんな大先輩だった高田選手にもなんとなく似ているんです。今あんまり人気ないらしいんだけど、NHK大河ドラマ「いだてん」って聞いた時に、彼のことを『韋駄天走り』だったってことでいつも思い出すんです。日本代表では永井良和選手といつもコンビを組んでやっていた。高田選手も岡野選手に似て結構まじめでひたむきで、一生懸命よく走るタイプでした。当時としてみたら相手チームが嫌になるくらい、何回も何回もとにかくサイドを走って相手DFをぶっちぎっていくスタイルで、それがすごく三菱重工のサッカーの醍醐味でもありました。

岡野選手の場合は、一歩一歩のストロークが長いんですよね。だから彼のプレーは見ていてもきれいだし「おおー行くなー」って感じで感心してみていました。それで野武士のようなロングヘアがうしろの方にフェーってなびいていくと、あれがまた一層早く感じるんだよね。だから本当にいい時にヒーローになりました。

1997年11月、ジョホールバルのイラン戦終了後の岡野雅行選手

スーパーサブ野人・岡野のメンタリティ

控えでベンチにずっといるとき、どうやって自分のモチベーションを下げないでいられるか。そうでなかったらピッチに出たときに結果は出せないわけです。サッカーでも野球でもそうだけど、サブの選手にはいきなり出番がくるわけで、いつ声がかかってもいいように、準備を怠ったらダメなんです。そういう集中力はやっぱりすごいですよね。あとから出たんだから人の倍は走らないといけないし、本人もいってるけど「オレは秘密兵器だから」ってポジティブに捉えて「絶対にチャンスは来るんだ」って虎視眈々と狙っていかないとダメなんです。「また今日もベンチかよ……」ってしょげていたら絶対にああいう結果は出るわけがない。「待て待て。相手に知られてないだけ自分にはチャンスがあるんだ!」って捉えていける。そういう違った意味での強さを持っていました。そういうのがないとやっぱりダメかなと思います。そういうポジティブな変換ができる選手じゃないと、スーパーサブは務まらないですね。

どこのチームでも「サブがでてきたけど、なんにもかわんないじゃん?」みたいな、そういうのだと変えた意味がないってことになりますけど、野人・岡野以降、日本代表でスーパーサブっていわれても、あんまりパッとは出てこないんですよね。昨年のロシア大会の本田圭佑選手がそんな感じで起用されていたけど、ちょっと岡野選手とはタイプ的に違う。スーパーサブっていい方がいいかどうかあれだけど、出ている選手以上のパフォーマンスを発揮しないと使われないし、本人もいってましたけど、あの運命的なジョホールバル決戦での1ゴールで人生が変わったわけだから、これがなかったらたぶん今の役職にも就いていなかったでしょうし、どんなに立場が変わっても必ずチャンスは来るんだ、そういう強さをもっていないと絶対にダメですよね。

「岡野! なんとかしてくれー!!」

Jリーグで二ケタ得点したのは1996年だけだった。だからちょうど脂がのった頃だったんだね。代表に呼ばれたりするとみんな120%くらいの持っている以上の力は出したいけど、「次もまた代表に呼ばれたい」とかいろんな欲や複雑な感情が交錯してしまってなかなか力を発揮できないんだけど、彼は監督の起用に見事結果で答えてくれた。国際Aマッチ25試合で2得点。そのうちの1点がワールドカップ出場を決めたあの1点だった。時間稼ぎのための出場とかもあっただろうし、それでも本人はめげずにやりぬくことができたっていうのはすごいことだなと思います。加茂監督から岡田監督を経てトルシエ監督の時代まででスタメン起用されたのは数試合しかなかったんじゃないかな? 一番多かったのは後半の試合も終盤に起用されることが多かった。

でもこのイラン戦とかワールドカップ本大会のクロアチア戦は、「岡野! なんとかしてくれー!!」って日本中が思っていたはず。もうカズもいないし、あとは岡野しかいないんだってね。そういうふうに思われるだけのことを岡野選手はしたわけですから。日本サッカー界の貴重な歴史的な偉業としてね。

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