【旧車】5ターボ│ルノー 欧州を席巻した名車「ルノー5」と、WRCを制した怪物

【旧車】5ターボ│ルノー 欧州を席巻した名車「ルノー5」と、WRCを制した怪物


■緊ルノーを欧州ナンバーワンに導いた立役者「ルノー5」
・モデル名 :5ターボ(サンク・ターボ)
・世代/型式:1979年 ・メーカー名:ルノー(仏)
・搭載エンジン:直列4気筒OHVターボ、ボア×ストローク76.0×77.0mm 1397cc
・最高出力 :160ps/6000rpm
・最大トルク:21.4kg.m/3250rpm
・最高速度 :200km/h
・トランスミッション:5速マニュアル(フロアシフト式)
・サスペンション:前後ダブルウイッシュボーン独立
・ボディサイズ:全長×全幅×全高3665×1750×1325mm
・タイヤサイズ:前190/55HR340、後220/55VR365
・ホイールベース:2430mm
・車両重量 :845-970kg
・販売時期 :--
・生産台数 :--

第二次大戦の終戦から25年を経て復興した1970年代、欧州の消費者は新しいベーシックカーを求めていた。そして1972年1月、国営企業ルノー公団からの回答が「ルノー5(サンク)」である。登場した「5」は一躍欧州のベストセラーカーに躍り出て、ルノー社は欧州一のメーカーとなる。

そして、戦前からモータースポーツにも熱心だったルノーは、世界ラリー選手権(WRC)の覇権を賭けてとんでもない怪物を送り出す。「ルノー5」をベースに開発したWRCのためのホモロゲーションモデルであるミッドシップマシン「ルノー5ターボ」である。

欧州ナンバーワンメーカー・創業者「ルイ・ルノー」

ルノー社の創業者は1877年に生まれたルイ・ルノーだ。ダイムラーがガソリンエンジン車を試作する8年前だった。6人兄弟の四男だった彼は、子どもの頃からクルマに興味を持っていた。兵役で軍隊に入るも、機械に強い才能を発揮し、彼が開発した射撃練習用の標的の自動昇降装置は軍関係者から高く評価されたという。

彼は軍を退役後に軍で貯めた資金でド・ディオン社製3輪車を購入。それをベースに改造した4輪車で、それまでどんな自動車も登れなかったパリ・モンマルトルの丘への坂道を苦もなく登ってみせたという。1898年、彼が21歳の時だった。

セーヌ川沿いのアトリエでの様子

その高い性能の秘密は、彼が発明したファイナルドライブに使ったシャフトドライブ、そして3段ギアのダイレクト・ドライブ・トランスミッションだった。これらは後に特許を取得し、世界中の自動車メーカーが採用した技術だ。ルイはその場で同車12台分の注文を受け、これが彼のクルマ作りの幕開けとなった。

トップメーカーに成長する「ルノー・フレール社」創業、そして国営化

翌1899年10月、ルイ・ルノーはふたりの兄マルセルとフェルナンと共同で「ルノー・フレール社」を設立。商人だったふたりの兄の資金とルイの機械づくりの才能が統合した結果、会社は急速に成長。既に盛んだったモータースポーツにも積極的に参加して勝利を収め、ルノーは大勢の顧客を獲得する。

そして、ルノー8CVがその信頼性の高さで評価され、パリ市のタクシー会社から1500台の大量受注を獲得。ルノーは手作り生産から分業による大量生産に移行、バスやトラックの生産にも乗り出し、フランスのトップメーカーへと成長した。

しかし、第二次世界大戦が勃発。フランスがドイツに降伏すると、ルノーはドイツ軍の制圧下に置かれ、さらに1945年の連合軍によるフランス解放後に、ルノー社の資産は国に没収される。

日野自動車によりノックダウン生産された「日野ルノー」

1945年、ルノー社は後の大統領、ド・ゴール将軍の行政命令によって国有化され、「ルノー公団」として生まれ変わる。主力商品は、終戦前に開発していた「4CV」で、1947年に発売した。この小型車4CVは戦後社会においてフランス国民の圧倒的な支持を受け大成功。ルノーの再建に大きく貢献した。その4CVは日本でも日野ルノーとしてノックダウン生産され、タクシーとして親しまれた。

その後、ルノーは数々のベスト・セラー・カーを生み出す。なかでも、4CV の後継として1961年に発売した同社初の前輪駆動車「ルノー4」(キャトル)は、それまでのフランス乗用車史上最多の生産台数を記録する。

画期的なベーシックカー「ルノー5」(サンク)の登場

ルノーのボトムレンジを担った前輪駆動車「ルノー4」デビューから10年、終戦から25年を過ぎた70年代。消費者は新しいベーシックカーを求めていた。そして、1972年1月に送り出されたのが「ルノー5」である。

ルノー5は、開発期間の短縮とコストダウンを狙って「ルノー4」のメカニズムを流用した。つまり、パワートレーンは直列4気筒OHVエンジンをフロントに搭載して前輪を駆動。サスペンションは前ダブルウイッシュボーン+トーションバー、後トレーリングアーム+トーションバーだった。

左:初代「5アルピーヌ・ターボ」 右:2代目シュペール・サンク「5バカラ」

しかしながら、ボディは完全に一新された。前後左右から概観するとプレーンで安定感のある台形のフォルム、シンプルなボディ面構成が極めて斬新だった。量産車として初めてバンパーにプラスティックを用い、角形2灯のヘッドランプ、Cピラーに配した縦型のリアコンビネーションランプなど、フランス車らしいエスプリを感じさせるデザインだ。ボディサイズは全長×全幅×全高3506×1525×1400mm。ホイールベースは左右で異なり右2404mm、左2434mmであり、このあたりも「4」を踏襲した。

782cc/30psと956cc/47psの2種のエンジンでスタートした「5」は、発売直後から人気を博し、またたく間にフランスでベストセラーとなる。シンプルで新鮮なコンセプトが、メーカーの予想を超え、人々に受け容れられたのである。「5」は、ヨーロッパナンバーワンの座を何度も獲得し、ルノーは欧州ナンバーワンのメーカーに登り詰める。

ルノーはこの人気を受けて1974年にアッパークラスの「12」が積んでいた1289ccエンジン搭載車を追加。ルノー傘下に入っていたアルピーヌがチューンした「5アルピーヌ」を1976年にリリースする。1978年にはオートマティック車を追加、翌1979年に5ドアモデルが登場、1981年にはアルピーヌ・バージョンにターボモデルを追加してバリエーションを拡大した。「5アルピーヌ・ターボ」は、1397ccエンジンにギャレット製ターボを組み合わせ、110psを絞り出したホットハッチとして人気を博す。

前輪駆動車「5」をミッドシップのラリーマシンへ

その後、ルノーのプロジェクトは、とんでもないモデルを生み出す。その怪物は、1978年秋のパリサロンでルノー・ブースに飾られ、人々の眼を釘付けにした。「ルノー5ターボ」のワールドプレミアである。ラリーをメインステージに据えた「5ターボ」のフォルムは、違和感を感じさせるほど前後のフェンダーは大きく張り出し、まるでシルエットフォーミュラを彷彿とさせる戦闘的なアピアランスを持っていた。車幅は大きなフェンダーのおかげで、オリジナルに比べて225mmも拡大した。ラリーフィールドを目指し軽量化を図る目的で、ボンネットやルーフ、ドア、テールゲートはアルミ材が使われた。

発表された「5ターボ」は、ベースとなった「5」とは駆動方式がまったく異なるモデルだった。前輪駆動の「5」のパワートレーンを180度回転させて後席があるべきスペース、リアミッドシップに搭載、後輪を駆動するモンスターだ。エンジンは「5アルピーヌ・ターボ」の1397ccエンジン+ギャレット製T03ターボと構成は同じだが、インタークーラーやボッシュ製Kジェトロニック燃料噴射装置などで、さらにハイチューンとされ160ps/6000rpmを発揮した。

スーパースペックを支える足回りは前後ともダブルウイッシュボーンだが、スプリングは前がトーションバー、後がコイルという構成だった。足元のスポーツシューズはミシュランと共同で新開発したミシュランTRX、前が190/55HR340、後が220/55VR365である。

タミヤ模型より発売され人気を博した、5ターボのラリーモデル。ボディの塗り分けが難しいことでも知られる。

市販に移されたルノー5ターボはWRC(世界ラリー選手権)のグループ4のホモロゲーションを得るために必要な400台(連続する12カ月間に)を優に超える1800台を生産。過激なスペックの「5ターボ」の市販モデルは、前衛的なデザインでありながら機能的なスポーツバケットシート、変形2本スポークのステアリング、凝ったデザインのメーターパネルなど、ショーモデルさながらの艶やかなインテリアも魅力だった。また、高級スポーツサルーンとしての快適装備はきちんと備えた洗練されたスポーツモデルでもあった。

徳大寺有恒氏も絶賛した「ルノー5ターボ(Ⅰ)」

1985年に日本で「5ターボⅠ」のステアリングを握った自動車評論家の徳大寺有恒氏は、講談社発行の自動車誌「ベストカー」(85年7月発売号)の試乗記で、

「5ターボの加速感はスポーツカーそのもの、特にサードギアでの90km/hあたりから130km/hぐらいの加速は、それこそドライバーの思うがままだ。スロットルペダルとエンジンが直結し、しかもドライバーはそのエンジンにまたがっているごときフィーリングである。

そして条件さえ許せば、最高速度の200km/hはいつでも手に入れることができる。ハンドリングはこのクルマの最大のハイライトである。このクルマはもちろんミドシップであり、その持ち味を最大限生かしている。リミテッドスリップディフを効かせてのいわゆるカウンタースティアは自在なのだが、それより、ターンインのノーズの振り方に私はしびれてしまう」

と評している。

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