『思い出カセット』TDK AD

『思い出カセット』TDK AD

みなさん、カセットテープってどこで買ってましたか? 私はレンタルレコード屋の近くのカメラ屋さんで買ってました。その時の気分と財布の中身と相談して選んでましたが、特に好きでもないのに不思議と使ってしまうカセットってありませんでしたか? それが私の場合TDK ADでした。


そこそこの性能がそこそこの値段で手に入る安心感

自宅のある埼玉県川口市から千葉県市川市にある高校に通っていた私。長い通学時間のお供は文庫本とウォークマン。学校帰りは本屋かレンタルレコード屋に寄るというのがお決まりのコースでした。もちろんレコードを借りたら、それを録音するカセットも必要です。とはいえバイトもしていない高校生、乏しい小遣いのやりくりで、自然と買えるカセットも限られてきて、HFやDSしか買えない、なんてこともありました。
そんななかで次善の選択として選ばれがちだったのがTDK ADでした。
安い割りに貧相ではなく、性能もとくに文句なく、曲のジャンルを選ばず使える……。使いやすいカセットだったんですよね。
さて初代ADが登場したのは私が小学生だった1977年。その前身は世界初の音楽用カセットとして1968年に誕生したSuper Dynamic『SD』です。もともとは磁性体の開発サンプルに付けられていた『SD(Single Domain)』を、先にあったD(Dynamic)にこじつけてSuper Dynamicと読み替えたものだそうです。ともあれこのSDが大ヒット。その後を受けてのAD、ということです。

1977 初代AD

1977 初代AD

1979 2代目AD

1979 2代目AD

カセットデッキの普及とともに成長していったAD。個人的に馴染みがあるのはこの3代目あたりからでしょうか。

1981 3代目AD

1981 3代目AD

やがて「黎紅堂」とか「友&愛(You & I)」とかレンタルレコードが増えて、「レコードをレンタルしてカセットに落としてウォークマンで聴く」というスキームが若者の間に定着。カセットの需要を押し上げたことは間違いないでしょう。
そんな時代のADがこの4代目。

1984 4代目AD

1984 4代目AD

いや、使ったなあ。すでにCDというものは誕生していたものの、まだ「夢の」という形容詞がぴったりな憧れの存在でした。そんなCDが我が家にやってきたのが1986年のこと。ADは5代目に進化していました。

1986 5代目AD

1986 5代目AD

原由子の産休でサザンを休止していた桑田佳祐がCMに出てましたね。曲はKUWATA BANDがカバーしたディープパープルでしたっけ?
このADも使ったなあ。じつは当時、このデザインが嫌いだったのですが、今となってはカッコいい!
時代はそろそろカセット文化の頂点、最盛期を迎えます。1987~89年は毎年ものすごい数のカセットテープが登場。ザッツやアクシアといった新ブランドも軌道に乗り、まさに百花繚乱といった様相です。
また技術革新がすすみ低価格テープでも良い音で録れたり、ハイポジ、メタルといった高級テープの低価格化が進んだ時代でもありました。
ADの存在感が薄れたのもこの頃でした。

1988 6代目AD

1988 6代目AD

カセットテープ全体の生産数は1989~90年頃にピークに達しますが、時代はバブル。私も大学生になり、バイトの時給も高く、バイト代が月に10万円なんてことも珍しくない時代でした。好きなCDはレンタルではなく気軽に買える時代になっていました。クルマにもCDプレーヤーが入りディスクマンも普及すると、徐々にカセットの出番は減ってきました。
ADは定番カセットとして使われていましたが、高性能カセットというよりは手軽なカセットとして認識されるようになっていたと思います。

1989 7代目AD

1989 7代目AD

1990 8代目AD

1990 8代目AD

1992 9代目AD

1992 9代目AD

1993 10代目AD

1993 10代目AD

1995 11代目AD

1995 11代目AD

1996 12代目AD

1996 12代目AD

1997 13代目AD

1997 13代目AD

1997年頃になるとカセットテープはその役割をほとんど終えていました。手軽な録音メディアとしてはMDが登場し急速に普及し始めていました。
私が歴史を追うことができたADの系譜はここで終わります。
といってもカセットテープそのものの終焉もADとそう大きくは違いません。現在でもマクセルが作っていたりするので『終焉』と言い切ってしまうのはいかがかとは思いますが、FM誌もオーディオ誌も続々とその幕を下ろし、カセットデッキも製造終了が相次ぎました。ウォークマンも2002年に登場したWM-FX202が2010年まで作られてその歴史を終えます。
こうしたことから13代目ADが登場した1990年代の終わりは、音楽用カセットが必要とされた時代のほぼ終わり、と考えていいでしょう。
SDから始まって13代目ADまで、日本のアナログオーディオの進化とともにあったAD。歴史に刻むべき名カセットと言って間違いはないでしょうね。

ゴールデン横丁の仲間たち | 澤村 信(さわむら まこと)

https://goldenyokocho.jp/articles/675

かつてのオーディオブームを体験した世代にはたまらないムック本『ステレオ時代』(ネコ・パブリッシング)の編集長。ゴル横会長たっての願いを快く受け入れ、オーディオ愛あふれるコラムをゴル横に書き下ろしていただくことになりました!

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