【旧車】ダットサン12型フェートン│日産 日産自動車として最初のクルマ

【旧車】ダットサン12型フェートン│日産 日産自動車として最初のクルマ


■国産車の礎を築いたともいえるヘリテイジカーの1台
・モデル名 :ダットサン12型 フェートン
・世代/形式:12型
・メーカー名:ニッサン
・販売時期 :1933年

今上天皇ご誕生の年に発表された、日産初の乗用車

1930年代の日本は、昭和初期にあたり、東京や大阪で地下鉄が開通し、民家にも水道や電気、ガスがひかれて、ようやくインフラが整ってきた時代でした。テレビはまだなく、電話ですら高価なもので、大企業や店、お金持ちの家といった限られた場所でしか使えないもの。もちろんクルマは庶民が乗れるものではなく、商用で使うトラックが中心でした。

そんな時代に日産自動車の記念すべき最初の自動車となったのが、1933年に製造されたダットサン12型フェートンです。フェートンとは折りたたみの式の幌がある4人乗りのオープンカーのことで、バスタブのような形状をしていました。全長2770mm、全幅1190mm、車両重量500kgというコンパクトなボディには、748cc水冷4気筒エンジンを搭載し、最大出力は12ps/3000rpmと現在の小型バイク並のパワーでした。

ダットサン12型フェートンの話をするには、日産自動車のルーツから話す必要があります。

そもそもダットサンは、1914年に快進社自動車工場が「ダット1号車」を製造したことからスタートします。ダット(DAT)は、快進社の出資者3人のイニシャル((D:田健治郎、A:青山禄郎、T:竹内明太郎)から取ったもので、さらに、速いイメージがある脱兎や、耐久性がある(Durable)、魅力的(Attractive)、信頼できる(Trustworthy)という意味もあったそうです。

次のモデルはダット号の息子にあたることからダットサン(DATSON)と命名。しかし、SONは損を連想させるために、同じ発音のSUNに改められ、1931年にダットサン(DATSUN)10型としてダットサンのネーミングが初採用されました。

その後、快進社はダットサン10型を量産するため資金が必要となり、北九州にある自動車部品製造業の戸畑鋳物に経営権を譲渡。戸畑鋳物はいくつもの企業を傘下に収め、その中の一つである久原鉱業を日本産業と改名し、これが後の日産自動車になるわけです。

こうしてダットサン12型フェートンは日産初のクルマとして誕生したのでした。
日産は横浜市に本社がありますが、原点は北九州だったのですね。ちなみにトヨタ自動車の前身となる豊田自動織機製作所自動車部が設立されたのも1933年のことでした。

ダットサンブランドは小型車の代名詞的存在になり、1937年には販売台数は年間3500台までに達したものの、戦争に突入したことにより乗用車の生産は中断されたのでした。

クイズ☆エンスーとらのあな

今回は日本史の教科書の「近代史」に出てくるような話に、興味津々なIT。
ゴル横のおやじたちにアテられてすっかり旧車に興味深々になってきたITと一緒に、ちょっとマニアックなエンスークイズに挑戦しよう!

【問題】

ダットサン12型フェートンは1933年の発売当時、値段は1,350円だったそうです。
もちろん当時と現代では自動車の位置づけは全く異なりますが・・・給与所得者の平均年収を基準にして、いくらぐらいのイメージでしょうか?

・平均年収の約2倍
・平均年収の約5倍
・平均年収の約10倍
(答えは「倶楽部ミーティング」の下にあります)

倶楽部ミーティング

ミノ:ついに日産を記念する、いや、国産車の礎を築いたとも言えるヘリテージ・カーの登場かm9(`Д´)ビシッ

ポン:国産車初というわけではないんですね( *゚ェ゚))フムフム

ミノ:うーん、国産車初とされるのは1904年の山羽式蒸気自動車かな。

ポン:蒸気って……機関車みたいです(´゚д゚`)

ミノ:ガソリンエンジン初だったら、1907年の国産吉田式「タクリー号」だね

ポン:タクリー? 変な名前w
ボッタクリみたいですよww

ミノ:言われてみればそうだな。ガタクリ、ガタクリと走ることからタクリーって呼ばれたそうだよ。

ポン:ガタクリって擬音、どんな走りなのか想像するのが難しいですね・・・

ミノ:ちなみに、内燃機関より電気自動車の方が歴史は古くて、最初に登場したのは1830年代と言われているんだよね。

ポン:やけに詳しいですねぇ( ・_・)σ

ミノ:ググってみました(照)

ポン:それにしても今回のクルマは誰も乗ったこともないから、なにも語れませんね。

ミノ:さすがにゴル横がオヤジ集団とはいえ、1930年代は誰も生まれていないどころか、自分たちの親も生まれてなかった時代だよ!

ポン:オヤジどころか、軽くご先祖様レベルですねw

【回答】

・平均年収の約2倍

1933年当時の給与所得者の平均年収は725円ほど。1350÷725≒1.86なので、約2倍ということになります。
経産省発表の2017年の給与所得者の平均年収は約422万円なので、これを1.86倍すると現代の貨幣価値で約784万円。
現在の日産では、最上位車種のシーマが800万円ぐらいからですね。
・・・といっても、1933年の時点では統計の対象になるような給与所得者そのものがまだまだ少なく、かつ比較的富裕層な時代なので、相当な高嶺の花と言えそうです。

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